ENGLISH

Purple Storm

and Officer Ma

照準は日本
2002年11月16日

テディ・チャンが監督した1999年のスペクタクル映画『パープルストーム』は、DVDはもちろん発売と同時に手に入れたけど、やっぱり映画館の大画面で見たいなって、ずーっと思ってました。その夢がついに実現、2002年11月16日に日本でも一般公開されたんです!

『パープルストーム』は良質のアクション映画で、1999年に初めて公開された時は、その年に公開された他の香港映画とは比較にならないほど高く評価されました。香港以外の国でも劇場公開されていたから、日本でも当然映画館で見られるものと思っていたのに、いつまでたっても日本で公開される気配がない。東京国際映画祭でも上映されず、ある映画館のロビーに作られた小さなギャラリーで『パープルストーム』関連の写真が何枚か展示されただけ(マー刑事が写っている素敵な写真があったのはラッキー!)、もうガッカリ。それなのに、記者会見では別にどうってことない映画が紹介され、それに出演したスターたちが押しかけた日本のファンの前に姿を現してました。

Dark Day in 1995公開が遅れたのは、東京で起きた悲劇的な事件が原因だったろうと思います。オウム真理教による1995年の地下鉄サリン事件です。朝のラッシュ時を狙ったこの同時多発テロは、犯人が封をした毒ガスの包みを地下鉄の車内や駅構内に持ち込み、傘で穴を開けて逃げるというものでした。死者12人、負傷者数千人を出したこの凶悪犯罪は、その後何年も続く深い後遺症を社会に残しました。刑事裁判は判決が出るまでに時間がかかりましたが、裁判開始から8年後の2004年2月27日金曜日、教祖の麻原彰晃(本名松本智津夫)にとうとう死刑判決が下されました。というわけで、『パープルストーム』を公開するには最悪のタイミングだったんです。この映画は本当に素晴らしい作品で、これに出演したスターたちを日本のマーケットに売り込むには絶好のチャンスだったのに、その4年前このサリン事件による悲劇があったために、この映画 〜 と俳優たち 〜 が日本でブレイクする道は閉ざされてしまいました。

Kineca Theater, Omoriそこで仕方なく1年待ちました・・・そしてもう1年(DVDに感謝!)・・・さらに1年・・・待って、我慢が限界に達した2002年11月半ば、ついに『パープルストーム』が日本で公開されたんです!上映したのはキネカ大森。JR京浜東北線大森駅東口の西友の5階にあるアジア映画専門館です。ちょっと古めでこぢんまりしてるけど、椅子は座り心地がいいし、音響システムも抜群、それにスクリーンの位置が高いので前の人の頭も気にならない。公開が予定されていたのはほかに札幌と大阪だけという限定ロードショーではあるけれど、お楽しみはこれからよ!

予想通り、スポットライトはもっぱら若いダニエル・ウーに集まりました。今回のキャストの中では一番ルックスがいいし、日本でウケると判断されたんでしょう。この映画の日本語ホームページでは、ジョアン・チェンの名前が2番目にクレジットされています。今回の役はダニエルの俳優人生の中でも最高のもののひとつだというのが、私の正直な感想。苦悩するトッドの姿は実に自然で説得力があるし、テロリストとしての彼の演技は、ナム・インが監督した次作『頭號人物』(2001年春公開)での新米記者ピーターなんかよりはるかにいい。まあそれは、この2つの映画が持つ「重さ」の違いにもよるんだろうけど。

 

このパンフレットには、
ストーリーのあらすじ、
好意的な批評、製作ノート、
ダニエル・ウーと監督テディ・チャン
へのインタビューが載っています。

Cho Bio

俳優のプロフィールはダニエル・ウーがトップで次にカム・コクリョン。
エミール・チョウは3番目で、その後にジョシー・ホー、
ジョアン・チェンと続きます。

対テロ部隊の隊長マー・リーは『パープルストーム』の中心的人物ということで、日本周華健朋友會もエミールと朋友會の紹介を兼ねた「草の根」広報活動を展開。劇場ロビーの壁の鏡の上に、彼のサイン入り色紙とプロフィール/出演作品リスト、スナップ写真(キャプション付き)、会報を飾りました。

"Purple Storm's Officer Ma!"

エミールは日本での上映に先駆けて朋友會のためにこの色紙にサインしてくれました。彼の日本語、上手でしょ!「私は『パープルストーム』のマー・リーです!!周華健」って書いてあるんだけど、中国語で「的」と書くところを日本語の「の」にしたところなんか、ホントにキュートよね!

J-Club display in theater

Shikashi, sore wa......

もちろんその日は、映画以外でエミール・チョウを宣伝しているものが何かないかと探しました。朋友會の努力には涙ぐましいものがあったけど、本当にそんなものあるのって思いながら劇場ロビーを探し回りました。そこでふと目に留まったのが、『パープルストーム』のパンフレットを売っているカウンターの下のガラスのショーケース。Xing Ming Magazineそこにはダニエル・ウーが載っている何種類かの新旧ファン雑誌をメインにした売り物が申し訳程度に並んでいたんだけど、よぉーく見たら一番奥にとんでもないものが壁に立て掛けてある・・・それがこの『明星』1988年9月号で、しかもその表紙には、な、な、なんと!もうわかったでしょ?ね!

私がこれまでに日本でエミールを表紙に使った雑誌を見たのはこれで2册目。1册目は『パープルストーム』のキャストが載っている1999年の『電影雙週』第538号です。この『明星』のビニールカバーに貼ってあるメモには「欠損あり」って書いてあるんだけど、何が欠けているのかは書いてない。明らかに古本だけど、保存状態はいいし・・・それに表紙だけでもスゴイ価値がある! というわけで、1200円出してその場で購入。後でわかったんだけど、見たことも聞いたこともない女性歌手の写真が何枚か切り取られてました。でもそれ以外は全く無傷。もちろんエミールのページも。


この雑誌は素敵な宝物。だって発売されたのが、エミールがスターの仲間入りをした時と一緒なんだもの!あれから14年経った今もエミールはスターとして輝きを放っている。だから私も、いつの日か彼が日本に来てくれるよう祈り続けます。

作者:A. Kurita, WWS
2002年11月27日

翻訳者:小林 明男

 

<<もどる

 

www.wakin-web.com